カノジョの彼の、冷めたキス



一刻も早くここから立ち去らないと。

そうしないと、もしかしたら見てしまうかもしれない。

渡瀬くんの心が、皆藤さんのところに戻る瞬間を……


エレベーターがやってくるまでの数分が妙に長かった。

やっとあたしの前で扉を開いたエレベーターに駆け込む。


「穂花!」

そのまま床にへたり込みそうになったとき、渡瀬くんの声が追いかけてきた。


渡瀬くんは皆藤さんのところに戻ってしまうかもしれない。

そんな不安でいっぱいなのに、名前を呼ばれたらやっぱり嬉しくて。

息が詰まりそうなほど胸が苦しくなった。


ほとんど閉まりかけたエレベーターのドアの隙間から、渡瀬くんの困惑した顔がのぞき見える。


もし「ごめんね」を言うために呼び止められたのだとしたら、今は聞きたくないな……

目尻に浮かぶ涙を手の甲で雑に拭い取ったとき、エレベーターのドアの隙間に渡瀬くんが腕ごとぐっと片手を押し込んできた。

びっくりして目を見開いていると、彼が差し込んだ手と腕でエレベーターのドアを強引にこじ開けようとする。




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