カノジョの彼の、冷めたキス



「あたしの行動を許して欲しいとは思わない。あたしも、彼があなたにキスするのを見たときにとても傷付いたから……」


周囲を気にせず電話できる環境にあるのか、皆藤さんがぽつりぽつりと話す。

皆藤さんが見たと言っているのは、あたしと渡瀬くんがいちばん最初に交わした「口止め料」のキスのことだろう。

あのとき、エレベーターホールのほうからヒールの走り去る音が聞こえてきて。

おそらく渡瀬くんはそれが皆藤さんの足音だと気が付いていた。


「昨日までは、もしかしたらまた彼を取り戻せるかもしれないと思ってたけど……少しの迷いもなくあなたを追いかけていった彼を見て、敵わないんだってよくわかった。あのときの彼は、弁解のためにあたしを追いかけては来たりしなかったから」

諦めたように話す皆藤さんは、まるで渡瀬くんのことが本気で好きだったみたいだ。


「でも皆藤さんには……」

オフィスのデスクでこんなことを話していいものか憚られて口ごもると、皆藤さんが自嘲気味に笑った。


< 217 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop