カノジョの彼の、冷めたキス



「わかってる。婚約者がいるのに、って言いたいんでしょ?」

その問いかけにあたしが無言でいると、皆藤さんがクスリと笑った。


「実はあたし、大学に入学するときにはこの会社で副社長の秘書になることが内定してたの。婚約も、そのときにあたしの父親と副社長の父親同士の間でほぼ纏まってた。副社長に対する印象はよかったし、婚約も仕方がないこととして受け入れてたから、自由な恋愛なんてするつもりはなかったんだけど……孝哉は特別だった」

ここまで会話の中で渡瀬くんのことを「彼」と呼んでいた皆藤さんが、初めてその名前を口にした。

そこには確かに恋慕の感情が乗っかっていて、あたしを落ち着かなくさせる。


「内定式の日に一目惚れしたの。ちょっと会話したら、雰囲気も良くてさらに好きになった。そこからはなんとかして近付きたくて。でも他の子には近づかれたくなくて……孝哉のよくない噂を作って流してしまった」

「え……?」


じゃぁ、渡瀬くんが近付いてきた女の子には好きじゃなくても簡単に手を出すらしいとか。

入社して一年を過ぎた頃に流れていたよくない噂は、全部皆藤さんが発信源だったの……?


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