カノジョの彼の、冷めたキス
びっくりして、呆れて。
何を言ったらいいのかわからない。
でも、それだけ初めての恋に真剣になってたってことなのかもしれない。
「孝哉はあたしの狡さを知ってて付き合ってくれてた。婚約しても内緒のまま、一緒に居られると思ってた。でも、そんな考えは甘いわよね」
「そうですね」
皆藤さんは渡瀬くんを本当に好きだったのかもしれない。
だけど、副社長を絶対に切り捨てられないことがわかっていて、渡瀬くんとの付き合いも続けようとしていた彼女に腹が立った。
だってあたしは、そんな彼女を想って傷付いていた頃の渡瀬くんを知ってる。
渡瀬くんがあたしに「口止め」のキスをしたとき、彼はたぶん皆藤さんを追いかけたい気持ちを必死で殺していたはずだ。
冷たく響いたあたしの声に、皆藤さんが黙り込む。
「本当に彼を想う気持ちと、あたしへの謝罪の気持ちが少しでもあるなら、あなたは婚約者のことだけ見つめてその人のそばにだけい続けてください。そうでないと、彼が何のために傷付いたのかわかりませんから。あたしはあなたの狡さをこんな形での謝罪では許せません。それでは、仕事があるので。失礼します」
それ以上皆藤さんと話すつもりはなかったから、言いたいことだけ言うと受話器を置いた。