カノジョの彼の、冷めたキス
あたしのいる場所は向こうからは死角になっているはずだけど、壁の隙間越しに渡瀬くんと目が合ったような気がしてドキッとした。
慌てて視線をそらして階段に蹲っていると、渡瀬くんが動き出す気配がした。
革靴が床を踏み鳴らす音がして、なぜかそれがあたしのいる階段の方へと近付いてくる。
渡瀬くんがいる場所からなら、皆藤さんが出て行ったのと同じドアを使ったほうがいいはず。
それなのに、彼が階段を上がってこようとしているから冷や汗が出た。
ど、ど、どうしよう……
あたしは大慌てで立ち上がると、渡瀬くんと鉢合わせる前に呼吸を整えた。
目を合わせずに、知らないふりをして彼の横を通り過ぎよう。
あたしはたった今、階段を降りてきたところで、渡瀬くんと皆藤さんのラブシーンなんて見ていない。
そういうふうに装えばいい。
緊張でドクドクと早鐘を打つ胸に手をあてていると、思ったよりも早く渡瀬くんがあたしの前に姿を現した。