副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「今日は、俺のこと上司だと思わないで。ただの男と、ただの女。そう思って一緒にいよう」

「そんなこと……!」

 思えません、と言おうとしたけれど、視線だけをこちらに流している彼と視線が絡み合って、私は言葉を飲み込んだ。

「なにも考えずに、楽しんで欲しいんだ」

 彼の淡い声が降る。私は一瞬唇を固く結びながらも、熱が激しく込み上げる顔をコクリと落とした。

 ……どうしてだろう。あの目に見つめられると、私はいつもなにも言えなくなる。

 俯いているから彼の表情は伺えないけれど、すぐに満足気に零れる笑みが聞こえてきた。

 いたたまれなくて思わず窓の外に顔を向けると、私は頭に入ってくるはずのない景色をただ見ているふりをして、目を瞑り、流れる音楽に身を寄せる。

 血が沸き立つようで、擽ったい。

 早く海に着けばいいと思うけれど、どこか心地良くて。私は彼の気配を隣に感じながら、ひたすら早鐘を打つ鼓動を全身で受け入れ続けた。
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