副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「副社長? 誰のことだ?」

 わざとらしく小首を傾げてとぼける彼は、私の手を取る。

 そっと引き寄せられて、私は彼の胸に飛び込むように抱きとめられた。

 彼の熱が、香りが、すぐ間近に感じられて、思わず目眩がする。

「今朝教えただろ? 明日奈、呼んで」

 優しく耳元で囁かれると、ジンと身体中に熱が広がった。

 この人は、本当になんて強引なの。

 先ほどまでは心地良く感じていた寄せては返す波の音すら、今はずっと遠くの方で聞こえるような気がした。

「……ち、ちあ……きさん」

 胸元に頭を寄せて、今にも消え入りそうな声で呟く。

 すると一瞬緩んだように思えた彼の腕が、さらに私をきつく抱き寄せた。

「あぁ。本当に、君が愛おしくて堪らない。――そんな顔、俺以外には絶対見せるなよ」

 力強い腕が、苦しいのに、切なさに胸が突き上げられる。

 心の中にぽっと火が灯ったような温かさに、初めて飲み込まれてしまいたいと思った。
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