副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
 店を出ると、道路のアスファルトは濡れ、水玉模様を作っている。

 蒸れたような香りが鼻腔を擽(くすぐ)り、生ぬるい表の夜風は初夏を感じさせた。

 思い出したようにカバンの中を漁ると、見慣れた淡い水色の小さな筒を見つけて、ほっと安堵の胸を撫で下ろす。

「雨、か。外れるなんて、珍しいな」

 闇の中から落ちてくる白い糸のような雨を見上げて、薄く目を細める彼。

 珍しい? 天気予報の話かな? 少し不思議に思ったけれど、私は留めボタンを外した折りたたみ傘を彼に差し出した。

「これ、よかったら使ってください。タクシー乗り場、ここから少し歩いたところだったはずなので」

「凄いな。傘まで持ってたのか」

 受け取った彼は、丁寧にそれを広げながら小さく笑みを零す。

 部屋でハンカチを探してたことも、気付かれてたんだ。

 子供のときから心配性で、いつも荷物が多くなって母に笑われていたことを思い出しては、少し気恥ずかしくなる。
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