副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「わかってるから、大丈夫」

 思わず「えっ?」と驚きの声を上げたけれど、副社長から貰った書類に書いてあった場所へ引越しするんだから、彼も知っていて当然かもしれない、と勝手に自己完結する。

「ありがとうございます」

 小さく頭を下げると、彼は真っ直ぐに前を見つめたまま片方の手で私の頭をくしゃりと撫でた。

「わっ……!」

 驚いて後ろへ身じろぐけれど、彼はクスッと笑みを零し、何事も無かったかのようにその手を再びハンドルへと戻す。

「君も今日は疲れただろ?  もう仕事じゃないから、もっと楽にしてていい」

 彼はまるで独り言のように、静かに呟いた。仕事中よりも少しくだけた話し方に、先ほどから休憩出来ていない鼓動がまた小さく跳ねる。

「はい。ありがとう、ございます……」

 上司と車に二人きりなら、仮に業務時間外でも仕事をしているのと変わらない。

 そう思ったけれど今は彼の気遣いが素直に有難くて、私は気恥ずかしさを紛らわせるようにボサボサになった髪を整えながらそっとシートに身体を預けた。
< 62 / 196 >

この作品をシェア

pagetop