天使と悪魔の子
ーガタッ
アスタロッサが大剣を机に置きその前に腰掛ける。
私と宙は少し離れた場所に座っていて、シーナさんをみていた。
静かで重苦しい雰囲気。
それを全て包み込むような彼女の笑顔だけが頼りだった。
「さて、飲み物はなにに」
「シーナ」
「もうっせっかちなんだから……」
流石恋人だ、アスタロッサの鋭い目付きにも無反応。
もはや尊敬に値する。
さっきまでアスタロッサの周りにいた彼の戦士は彼が先に帰らせた。
それほど慎重な話だ。
「さっきも言った通り私は彼女に命を救われたわ。私貴方に言っていなかったけど、死に至る不治の病だったの。」
「……!?」
アスタロッサは初めて聞かされたのか大きく目を開けて固まっている。
「忙しくてろくに話を聞いてくれなかったでしょ。」
「それは……」
「私が血を吐いて外で倒れていたところを彼女に救われたの。ここから先は言えないわ。」
シーナさん……ありがとう
でも、言わなきゃ。
『私が、血を分けたんです。』
「なんだと……?」
『もしかしたら回復すると踏んで…』
重苦しい雰囲気が再来し、長い沈黙が来た。
ーガタンッ
『っ!』
思わず物音に反応してしまう。
でも今日は目を瞑らなかった。
気付けば、彼は地に跪いている。
続けてシーナさんも跪いた。
『あ、アスタロッサさ』
「ありがとう」
不意の一言に床に座り込む。
「み、美影……?」
『…私はしたいことをしたまでですから。』
「……何が望みだ」
『…え?』
「俺は借りを作るのはきらいだ。」
言っていいのだろうかと思いながら、しかしはっきりと目を見て言った。
『私と……いえ、翠の戦士と共に魔界の者達と戦って貰えませんか。』
「それはできない」
冷たく突き飛ばされたような感覚がした。
まぁ、そんなに上手くいくとは思っていないが…。
「俺には俺の事情がある。今までお前をあれほど消去すると言っていたのにその方針を変えれば我は信頼を失う。」
「はっ、信頼ですって……?言わせてもらうけど、そんなもの本当にあったのかしら?」
「……は?」
今にも噛みつきそうなアスタロッサ
それでも怖気ないシーナさん
「確かに、貴方のカリスマ性は素晴らしいものよ?でもね、それは信頼なんかじゃない。貴方は他人を信用出来ないんだから。」
何か言いたそうだったアスタロッサは、口を噤んだ。
返す言葉が見つからない様子だ。
確かに彼は周りを信頼する人ではない。
「信じることが出来ない人に、心ゆくまでついて行きたいと思う人はいないわ。それに関して四大天使ではフレンチさんが一番優れてる。貴方はいつもひとりで不安定な足場を歩く、でも彼女は仲間と共に踏み固めた大地を歩く。わからない……?今だけでも彼女達の味方になり背中を預けて戦うの。
それが出来ればあなたは、素晴らしい大天使になれると思う。」
「……」
シーナさんの語ったこと、全てそれは的中していると思う。
でもフレンチさんは仲間を信頼している分だけ、自分へかかる責任という重圧に耐えなければならない。
「我は戦わない。」
宙と私、シーナさんはがっくりと肩を落として見つめ合う。
「だが、我は闇を討つ。」
「まぁまぁ!素晴らしいわ。」
シーナさんは目を輝かせて通訳し始める。
私にはそんな風には聴こえなかったが……。
「アリシア様と我が手を取り合うことはないが、もし誰かが来たら俺達も迎え撃とうっですって。正直に一緒に戦うって言えばいいのにねぇ。」
『ほ、本当ですか。』
アスタロッサさんは気に食わないのか背を向けて出ていった。
「……勝手な人だな」
「そうなのよ、いつもひとりで突っ走るんだから。本当は神を尊敬しているはずなのに、真面目すぎて秩序を重んじるばかりにこんなへんな派閥ができてしまったわ。」
そうだったんだ……
正直彼は怖いけど、少しだけ見直した。
宙はまだ不服そうに眉をひそめている。
『シーナさん、今日は危ないところを助けていただきありがとうございました。』
「命の恩人ですもの、このくらい朝飯前ですわ。」
可憐に笑う彼女はやっぱり消えてしまいそうなほど儚い。
シーナさんとアスタロッサ、案外お似合いなのかも。