ここにはいられない
最後の一滴まで絞り出すつもりで終えて、ソファーに座る彼に挨拶をすると、見ていた書類から少し顔を上げた。
「夜中にいちいち起こされるのも嫌なので、チャイムを鳴らす必要はありません」
「でも、鍵は・・・?」
「開けておきます」
いくら田舎でもこの人は不用心過ぎない?と思うものの、「起きて開けてください」とも言えない。
うーーーーん、と考え込んでいると彼が言葉を足した。
「チャイムを鳴らしてドアを開けて行き帰り挨拶して・・・お互い面倒じゃないですか。1日に何度もこれでは疲れます」
「じゃあ勝手に部屋に入って黙ってトイレを借りろ、と?」
「何か不都合がありますか?」
「なんだか申し訳ないです」
うーーーーん、と今度は彼が考え出した。
「一部屋余ってるし、ここで寝起きしてもらっても構いませんが」
ここで寝起き!?
すっぴんであることも忘れてつい真正面から顔を見つめてしまう。
考え込んでいる彼はやっぱり私のことなんて見ていないけれど。
「俺は気にしなくても、あなたは気になるでしょう?」
考えた結果一人で納得したように、小さく頷いて結論を出した。
「だからそこは妥協してください」
「妥協して勝手に出入りしろ、ということですか?」
「そうです」
家主がそういうのに、借りる側の私の倫理感に無理矢理付き合わせるわけにはいかなかった。
もう、色々開き直るしかない。
だって、生きていく上でどうしてもトイレは必要なのだ。
「わかりました。よろしくお願いします」
「はい」
彼はすでに書類に視線を戻していたので、私はそのまま部屋に戻った。