ここにはいられない


リビングで朝のニュースを見ながら、私はソファーを背に床に座って、千隼はソファーに座って炭酸を飲んだ。
あんなに飲みたかったのに2、3口ですっかり満足してしまった私に対して、千隼は「え?炭酸だよ?」って驚くほどのスピードで飲み干した。

「もう目が覚めちゃったから、ちょっと仕事していい?」

空になった空き缶をカンッとキッチンに置いてから、千隼が言う。

「どうぞ、どうぞ!自分の家なんだから遠慮しないで。あ、もしかして私が邪魔だった?」

「いや。ゆっくり飲んでていいよ」

千隼はカバン以外にいつも持ち歩いている紙袋から、分厚いフラットファイル、折られた大きな紙、そして色鉛筆を取り出した。
紙はどうやら土地の図面で、そこに赤い色鉛筆でサラサラと色をつけていく。
しっかり縁取りしてから、一定の方向に一定のリズムで。

サラサラサラサラサラサラサラサラ

「何してるの?」

まさかただの趣味ではないだろうし、変わった作業だったのでつい話し掛けてしまった。

「宅地とか道路とか農地とか、説明する時わかりやすいように色を付けてる」

「それっていつも手作業なの?」

「CADでもできるけどうちにはないし、課にも1台しか入ってないから。だけど手作業で確認しながらやると、ちゃんと把握できていいんだ」

「へえー」

赤だけかと思ったら、水色や黄色も使う。
小さい頃は塗り絵が大好きだったのに、いつの間にかやらなくなっていた。

「いいなー。なんか楽しそう」

「・・・やる?」

全くそんなつもりなく言ったからびっくりした。

「え、いいの?」

「こっちの、この線の範囲をこれで塗って」

と、もう一枚の図面と黄緑色の色鉛筆を渡される。

サラサラサラサラサラサラ

一定のリズムで2つの音が響く。
ムラなく塗るのは結構神経を使うのだけど、久しぶりだからとても楽しい。

< 66 / 147 >

この作品をシェア

pagetop