ここにはいられない
明るいけれど人のいない道路を並んで歩く。
きっと今日もそれなりに気温は上がるはずなのに、朝晩はだいぶ涼しくなってきて、半袖から出た腕がひんやりと冷える。
自動販売機に着くと、千隼はポケットから千円札を出して投入した。
「どれ?」
自動販売機を見たままで、斜め後ろに控えていた私に聞いてくる。
「え?自分で買うからいいよ」
「どれ?」
待つ姿勢を崩さず繰り返されるので、ありがたくご馳走になることにした。
「じゃあ、グレープ。小さい方」
ゴトンと音がして落ちたミニボトルを千隼が拾い、私に差し出す。
「ありがとう。ごちそうさまです」
千隼も私と同じサイズのコーラを買って、お釣りをジャラジャラとポケットに突っ込んだ。
私と千隼、二人の靴がアスファルトを擦る音と、千隼のポケットの小銭の音が静かに湿った朝の道路に響く。
「こんなことってあるんだね。二人で同時に炭酸が飲みたくなるなんて」
真横にいるから見えないけれど、きっと千隼は小さく頷いたような気がした。
「飲料メーカーが私たち二人に催眠術でもかけたのかな?」
「二人だけにかかる催眠術?」
プッと笑われてしまったけれど、その瞬間思いついた!
「いや!ある!あるよ!〈恋〉って二人だけにかかる催眠術みたいなものじゃない?」
他人から見るとどこがいいのかわからない人でも、世界の誰より素敵に見えて代わりのない人に思えてしまう強力な暗示。
それが恋だ。
会心の答えに自信を持って見上げると、千隼も納得したように何度か頷いた。
満足してまた正面に顔を戻すと、上からポツリと、
「でも恋は一人でもかかるけどな」
とかすれた声が聞こえた。
確かに恋は一人でもかかる。
風邪みたいに予防しても予防しても、知らず罹ってしまう。
長患いをしている私はそのことがよくわかるけど、まるで千隼も同じ経験があるみたいな言い方だった。
だけど明らかに独り言のトーンだったから、聞こえていたけど聞き返すことはできなかった。