ここにはいられない
数日分の服と化粧用具、その他必要な物をわずかに千隼の部屋に運んで、業者さんから用意されたダンボール箱にどんどん詰め込んでいく。
足りない物は最悪買うか千隼に借りればいい、と思えば驚くほど荷造りは進んだ。
休みを取らなくても残業しないようにしただけで、あんなに面倒だった荷造りはあと1日を残してすでに終わってしまった。
残ったのは、便器の配管に落ちたトイレブラシだけ。
半年ほど暮らした部屋は、千隼の部屋と見間違えそうなほどよく似ている。
間取りも古さも全部一緒。
違うのは、至るところについている傷の位置と窓から見える景色の角度くらいのものだ。
半年暮らしたのに、半年しか暮らさなかったからなのか、この部屋に特別思い入れはない。
寂しいという気もしない。
それはきっとこの一ヶ月が異常だったからだ。
よく知りもしない男性と一緒に暮らし、毎日ご飯を作って二人で食べた。
そのインパクトが強すぎて、平穏に暮らした半年がかすんで思える。
玄関を出て鍵をかけると、千隼のものとよく似た鍵の先で、鉄瓶のミニチュアキーホルダーがチリンと揺れた。
「渋すぎてかわいくない」と不評だけど、妙に気に入っているものだ。
引っ越しは明後日。
千隼との生活も、あと一日。