いつか君と見たサクラはどこまでも
綺麗な夕日が沈みかけている頃、翔は病室でテキストを広げて勉強をしていた。

もしかしたら受験をする気なのかもしれない。

だけど、そこで「受験することにしたんだ」とかそんなことは言わない。

「あ、優馬、と桜井さん。受験は……」
「落ちたよ」

翔は目を見開けて驚いていた。

「なんで、あんなに頑張ってたのに」
「頑張ったけど、ダメだった。だから次は絶対合格してみせるからね!」

桜井はガッツポーズをしてみせた。

すると翔はいつも通りの

「かっこ悪い」

と嫌味っぽく笑って言った。

でも、それに対して腹が立ったりすることはなかった。それが日常になって、それがなきゃ翔じゃないような気がするから。

「一月十七日って何の日か覚えてる?」

一月十七日。もし受験をするとするなら、この日は合格発表の日だった。だけど合格発表の日なんて言えない。とても気まずい。

「え?もしかして覚えてないの?」
「ごめん、覚えてないかも」
「うっそだろお前」

呆れたように笑った翔は、勢いよくベッドの枕を抱きしめた。

「俺の誕生日だけど」
「ああ!そうだった!」

長い間祝ったことがなかったから、すっかり忘れていた。

そうだった、誕生日だ。もう十二歳になるのか。早いな。

「で、これなんだけど」

隣に置いてある本棚から、何やら雑誌のようなものを取り出した。見る限り、子供が読むような雑誌ではなかった。

「これ欲しいんだけど」

翔が指さしたのは、黒色のカッコイイリュックだった。でもどうしても値段に目がいく。

「一万円……」

頑張れば払えるけれど、あまりの値段に驚きを隠せない。

お年玉は少し余っているし、昔にバイトで稼いだ分も残っているはず。

「お願いしますよ」

またニヤリと悪い笑みを浮かべる。それには呆れ顔しか返せなかった。

そういえば、ケーキは何が好きだっけ?ショートケーキ?チョコケーキ?それともチーズケーキ?

全く覚えてないや。これは翔のことをたくさん知っている、母さんに聞いとかなきゃ。

その母さんはと言うと、今隣で居眠りをしている。きっと疲れが溜まっているのだろう。

伏せている顔の下には、原稿用紙と鉛筆が置かれていた。小説の続きを書いていたのかな。

「あ、『少年のアリカ』だ」

桜井は、その原稿用紙を覗き込んで微笑んだ。

「母さんのこと、知ってたんだ」
「うん。前聞いたの。ちょっとショックだったけど、今は期待してるんだ」

期待……いったい何に期待しているのかはわからない。だけどなぜかそこまでは聞けなかった。

「俺そういやそれ読んでなかったな」

冬休みに読んでみようと思っていたけれど、勉強に必死になって、結局読めていない。

「えぇ!?絶対読むべき!なんで読まないのよ」
「なんでって言われても」

まだバッグに入っていた本を取り出す。俺が入れていたのは一巻だった。今のところ全部合わせると四巻あるらしくって、今度最終巻が出るとのこと。

その最終巻を今書いているところなのだろう。

「たぶんこの話ね、赤坂と翔くんがモデルにされてるんだよ」
「えぇ!?」

二人声を合わせて驚いた。

俺達をモデルにするとは、いったいどんな話なんだろう。

「これはある少年が受験に向かって頑張る、っていう話なの。それの結果が最終巻でわかるんだよ」

母さんは知らないところで頑張っていたんだ。勝手にただのダメ親だとか決めつけていた俺が、バカだったみたい。

翔も少し黙ってから、母さんの方に目を向けた。

「いつも優しくしてくれたのに、どうしてあんな酷いこと言っちゃったんだろう……母さん、ごめん」

翔くんはそう言って、優しく母さんの背中をさすった。本当に謝っているように見えた。

「翔、カッコイイな」
「は!?」

びっくりした顔を見せてから、少し頬を赤く染めた。

そして枕で顔を隠して、大声を出した。

「お前にそんなこと言われても嬉しくない!バーカバーカ」

きっと照れているんだって予想はついたけど、そこはつつかないであげる。俺は翔みたいに、嫌味がそこまで得意じゃないしね。

「翔くんのお母さんいますか?」

ドアのそばに女医の人が立っていた。どうかしたのだろうか。

「あ、はい」

寝起きの母さんはふあー、とあくびをしてから立ち上がった。

眠そうな母さんに少し寝癖がついていて、翔がふふ、と笑った。
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