契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
それから、忍の傷の手当てを受けた病院で警察に事情聴取をされた後、ようやくマンションへと帰宅した。
帰路についていたときはまだ夕暮れ時だったのに、すっかり暗くなって夜になっていた。

忍はソファに座るときに、傷が痛んで寸時の間、顔を歪める。
命に別状はないとはいえ、傷口を数針縫った。薬もちょうど切れてきて、じわりと痛みが広がってきたのだろう。

鈴音は忍を見て、すぐに言葉が出てこなかった。

(まさかこんな事態にまで発展するなんて思いもしなかった。なんて詫びればいいの……)

自分が襲われていたかもしれないということなど忘れ、今は忍のことだけで頭がいっぱいだ。
離れたところで心配そうな顔をしている鈴音を見て、忍は「ふっ」と笑った。

「これでもう、安心して寝られるだろ。よかったな」

そう言われた鈴音は即答する。

「そんなことよりも、忍さんが……!」

忍は予想だにしない鈴音の反応に目を剥いた。山内のことが一段落したことに対し、もっと安堵した反応を示すと思っていた。

「こんなことになるなんて……私、どう償えばいいのか……」

しかし、今の鈴音は、自分の問題が落ち着いて安心するどころか、そんなことを忘れているように見える。
鈴音はまともに視線を合わせることもできず、忍が驚いている様子など気づきもしない。

忍は鈴音がまさかここまで自分の怪我を気にするとは思いもしなかった。

「大袈裟だな。命どころか、後遺症も残らないってドクターが言っていたのを、きみも聞いていただろ。入院すら免れたんだ。そこまで気にする必要はない」

宥めるように声色を柔らかくして言うが、鈴音は甘んじることなく即答する。

「そんなこと、できるわけないじゃないですか」

瞳を揺らす鈴音を見て、忍は軽いため息を吐いた。

「この前の駐車場でのこともあったし、オレなりに警戒はしていたつもりなんだ。実は、柳多に数日調べてもらっていたんだが、何度も怪しい人影を確認したと報告は受けていたから」
「えっ。そんなこと、ひとことも……」
「言えば、逆に恐怖感を煽るだろ。オレか柳多が側にいれば大丈夫だと思っていたんだが、オレとしたことが油断した」

忍は自嘲気味に笑っていたが、傷が痛んで片目を瞑る。

「ま、そんなわけだ。明日は仕事なんだろう? 早く休めよ」

すぐに涼しい顔つきに戻り、ソファを立った。リビングを出ようと歩き始めるが。いつもよりも明らかに歩調が遅い。

鈴音は黙って忍の後をついていき、彼が自室のドアにたどり着くまで確認する。
忍がドアノブに手を添えたときに、鈴音が口を開く。

「やっぱり、今夜、お邪魔してもいいですか。なにかあったら、すぐ助けたいので」

大それたことを言ったということはわかっている。それでも、鈴音は自分のせいで傷を負わせたという責任感が大きかった。

忍は目を剥いて鈴音を見た。鈴音の真剣な眼差しに、断るタイミングを逃し、そのまま受け入れることにしてしまった。

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