契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
(赤い顔は、きっと夕陽でどうにかごまかせる。でも、動揺した表情まではごまかせない)

鈴音は平静を装う努力をするものの、すぐには切り替えられずにいた。
再び足を止め、ふたりは見つめ合う。

鈴音は忍から目が離せなくなり、気持ちは焦る一方だった。そのとき――。

「そんな目でぼく以外を見つめるなんて、許さない……!」

静かな路上で突如聞こえた低い声。

鈴音が背筋をゾクリと震わせ、振り返った瞬間、誰かがすごい勢いで駆け寄ってくる。見開いた瞳には、手にナイフを持つ男が映し出される。あまりに一瞬のことで、恐怖よりも驚きのほうが勝っていた。

反射で目を閉じると同時に、全身がなにかに包まれた。

「え……」

身体を丸め、衝撃に備えていた鈴音が恐る恐る目を開ける。

「しっ、忍さ……」

覆い被さるようにしてくれている忍を見上げると、苦痛に歪めた顔をしていた。鈴音は震えている手で、忍の上着を掴む。

「……鈴音。離れてろ」

忍は苦し気に眉を寄せ、鈴音の手を戻すや否や、不審な男に自ら歩み寄る。男は動転しているようで、一歩も動けていなかった。

忍が男へ足払いをかけ、地面に伏せさせ、利き手を拘束する。同時に手にしていた折りたたみナイフが音を立ててアスファルトに落ちた。
ナイフの刃には血痕がついていて、鈴音を余計に動揺させた。

男は抵抗し始めたが、忍に完全に捕らえられ、形勢が変わることはなかった。男はもがき動いた際、パーカーのフードが脱げ、顔が晒される。

「やっ……」

(……山内!)

鈴音が両手を口元に添え、ひとこと漏らす。

「鈴音、警察を呼べ!」

鈴音は忍に言われ、肩を上げると、泣きそうになりながらも震える手で通報する。
山内はすでに諦めたようで、抵抗もせず、駆けつけた警官におとなしく連行されていった。
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