契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 少しでも動けば、シーツが擦れる音が大きく響きそうだ。こんなに静寂な空間であれば、寝息や、心音すら聞こえてしまいそうだなどとありえないことを思い、緊張する。

(この間、ここで寝たときは、こんなに緊張してたっけ?)

 身動きせず、呼吸すらも静かに気を付けるながら、一点を見て考える。

 まったく眠れる気配もなかったが、今夜は忍がなにか異変を訴えたときのために付き添っているのだからちょうどいいか、などと思っていると、背中側から言葉をかけられる。

「この間、パーティーでオレがちょっと離れていたときに、色々あったらしいな。さっき電話で柳多から聞いた」

 鈴音は思わず忍を振り返る。忍は変わらず背を向けたまま。

 自分が言ってしまった言葉をすべて思い出すことはできないが、ジュエリー会社の御曹司や西城戸の令嬢に向かって、生意気な態度を取ってしまったことは覚えている。
 そのことによって、忍も後々なにかあったのだろうと思った。

「すみません。やっぱり、迷惑かけてしまいましたよね」

 反省して肩を竦め、ぽそりと呟くように謝った。

 今、自分のせいで傷を負った忍を前すると、自分は恩返しどころか顔に泥を塗っているだけだと落ち込んだ。
 看病するために横に寝たりするよりも、忍の希望に沿った偽装結婚相手を見つけてあげたほうがいい気さえする。

 自己嫌悪に陥っていると、予想だにしない言葉を掛けられる。

「いや。それよりも、嫌な思いをさせて悪かった」
「えっ……」

 さすがに驚きすぎて、ついに上体を起こしてしまった。鈴音が起きた気配につられ、忍も寝返りを打ち、鈴音を見上げる。
 鈴音の大きく開いた瞳に、見たことのない忍が映っていた。

 いつも堂々と……傲慢な気さえする態度の忍が、狼狽えるような困った顔をしながら言葉を選んでいる。

 いったいどういうことかと、狐につままれた気持ちで見入っていると、忍が口を開いた。

「なんていうか……身体の傷は癒えても、心に受けた傷は残るものだろう」
「え……?」

 想像もしないセリフに呆然とする。
 忍は顔をフイッとそらし、そのまままた鈴音に背を向けた。

「……いや。寝ながら傷口蹴るなよ」
「そっ、そんなこと……!」

 突然、嫌味交じりな言葉を言われ、鈴音は反論しかけたが、自分の寝相の悪さを思い出して口を噤んだ。そして、ひと呼吸おいて答える。

「気を付けます」

 鈴音は静かに布団に入り、互いに背を向け合って瞼を閉じた。

 先に寝息を立てたのは忍。鈴音は、忍が寝たと思うと幾分か気持ちが緩む。

(とりあえず、眠れているみたいでよかった)

 ゆっくり仰向けになり、忍を横目で確認する。怪我が痛んでいる様子もなくて安堵した。

(忍さんって、普段からちゃんと寝てるのかな)

 ふと、そんな疑問が頭に浮かぶ。しかし、そんな疑問もいつの間にか薄れていってしまった。

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