契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 鈴音の手には、ビニール袋とランチバッグがあった。おどおどしながらローレンス社の門をくぐる。

(立派なオフィス……。迷いそう)

 あまりキョロキョロとすれば不審者扱いをされそうだと思い、受付だけを見るようにする。

「すみません。副社長へお会いするにはどうすればいいでしょうか」
「はい。恐れ入りますが、お約束は頂いているでしょうか?」
「えーと、まぁ……。あ、すみませんが、名前を伝えていただけたらわかってもらえるかと。山崎鈴音と言います」
「少々お待ちください」

 約束と言われればしたような気もするが、受付で確認されて堂々と言えるほどのことでもない気がする。

 鈴音は不安になりつつ、受付担当者が電話をする姿をチラ見する。
 少しして受話器を置いた受付担当者が、鈴音と向き合う。

「お待たせして申し訳ありません。確認が取れましたので、30階へどうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 門前払いになったらどうしようかと、ほんの少し不安になっていたが大丈夫だった。
 鈴音はホッとして会釈をすると三十階へ向かう。

(それにしても、ほんとに大きな会社。私、迷わないかな?)

 エレベーターの階数ランプを目で追い、三十階に近づくにつれ緊張してくる。
 鈴音は手を握り、頭の中でシミュレーションする。

 鈴音が持ってきたのは、自分で作ったお弁当ひとつと、老舗百貨店の東雲デパートで購入したお弁当がひとつ。
 そのどちらを忍に渡すのが正解なのか、答えを出しかねていた。

 普段、鈴音は自分のお弁当を作る。だから、忍のぶんもついでに作ればいいだけと思っていたが、忍のランチボックスがないことに気付いた。

 それで致し方なくデパートでお弁当をひとつ買ったはいいものの、仮とはいえ夫となる予定の相手に既製品を渡し、自分は手作りというのは体裁的にどうなのかと考えた。

(もし周りに誰かいたなら、手作りを渡したほうがイメージはいいよね。でも、忍さんだけなら……)

その先の正解がわからず、悩んでいるのだ。
 周りに人もいなく、取り繕う必要がない場合こそ選択の自由があり、どちらが彼にとって最善の選択なのか。
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