契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「オレがそっちをもらう」
「えっ……」

 忍の思わぬ返答に動揺していると、彼はさらりと続けた。

「もしかして、オレの分まで作った後に弁当箱がないって気付いたのかと思ったんだが」

 鈴音は驚いた顔をして、腕を徐々におろす。

 確かに指摘された通り、慌ててふたりぶんのおかずは作ったものの、ランチボックスがないという事態に陥った。
 先々の確認もきちんとしないで、突っ走りがちな性格を見破られているのかと思い、肩を竦める。

「あ……はい。でも」
「夜にそれを食べようとしているんだろう? だったら、鈴音が作った方をオレにくれればいい」

 鈴音は『夕食にするつもりだから無駄にはならない』と説明したかったのだが、忍に先を言われてしまった。
 そこまで読まれていると、茫然とするしかない。

 忍は右手を差し出したまま、ランチバッグを待っていた。
 鈴音は迷いながらも、腕からランチバッグを外し、おずおずと持ち手を引っ掛けるように渡した。

「あの、ありがとうございます」

 一緒にいればいるほど、忍の視野の広さと気遣いがわかる。

(それに比べて、私は忍さんになにか返せているの?)

 圧倒的に自分の方が恩恵を受けている。

 このときから、鈴音は自分が忍になにができるのかと常に考えるようになる。

 忍は真剣な顔で考え事をする鈴音を見て吹き出した。

「鈴音はやっぱり変な奴だな。礼を言うのはこっちだろう。それより、時間は間に合うか? 厳しそうなら柳多に頼むが……」
「だっ、大丈夫です。お仕事の邪魔をしてすみませんでした。失礼します」

 これ以上、余計な迷惑はかけられない。

 鈴音はそう思い、首をぶんぶんと横に振る。
 慌てて一礼すると、柳多を通り過ぎて副社長室を後にした。
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