契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 その日の休憩は、梨々花と一緒だった。
 社員食堂に移動して既製品の弁当を見た梨々花が素早く反応する。

「休憩時間被るなんてひさしぶりだよね。あれ? 最近お昼買ってるの?」
「ううん。実は……」

 鈴音は昨日の事件には触れず、弁当のことだけを説明した。
 梨々花は長い睫毛を瞬かせ、驚いた声を上げる。

「へぇ! 心配してたけど、案外優しい人なんだ。黒瀧さんって」

 梨々花にすれば、鈴音から聞いた情報は『ローレンス副社長』ということくらいしかなく、イメージが湧きづらかった。
 大企業の副社長で鈴音に偽装結婚を迫るということから、無意識に横暴で冷たい印象になっていたのだろう。

(優しい? 言われてみれば確かに出会ったときからそうだ)

 鈴音は改めて言われ、納得した。
 ただいつも冷淡そうな印象とのギャップに驚き、してもらうばかりで肩身が狭いという思いしかなかった。

 無駄なことは嫌いだという彼だけれど、なんだかんだと気遣い、守ってくれている。

 それがたとえ契約だとしても、本質的な優しさがなければ今日までのように扱ってくれているはずがない。

(そんな人が、こんな画策してまでしたいことってなんだろう)

 鈴音は事の発端である、忍の野望について疑問を抱く。

「だけど、本当に結婚するの?」

 不意に投げかけられた質問に目を丸くした。

「……うん。昨日、私の母親のところに挨拶もしてきた」

 鈴音は微苦笑を浮かべる。
 梨々花は鈴音が我慢を強いられていると思うと憤りを覚え、テーブルに拳を一度打ち付けた。

「確かにストーカーから守ってくれるのはありがたいけどさ。あまりに常識から外れてるっていうか!」
「そうだね。でも、不思議ともう抵抗はないの。あの人の役立てるならそれでいい」

 鈴音の答えは迷いがなく、すぐに口から出てきた。
 鈴音自身が意識したことではないが、自然と忍を思い出し、口元が綻んでいた。

 梨々花はその表情を目の当たりにし、以降、口を閉ざした。
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