契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「あの、本当にすぐ帰りますから」

 鈴音はどうにか忍のことを庇おうと必死に訴える。
 光吉は目を丸くしたあとに、莞爾して笑った。

「いやいや。仕事の用なんだろう。ぜひ前向きに検討してほしいよ」
「え?」

 光吉の発言に疑問の声を漏らす。

「社長。時間が」

 男性社員の声に、鈴音は慌ててエレベーターを降り、道を開けた。
 ふたりはエレベーターに乗り込むと、すぐにドアを閉めて行ってしまった。

(前向きに検討……? なんのこと?)

 鈴音はしばらくその場に立ちつくし、首を捻る。
 思い当たることと言えば、結婚のことしかない。

 話の前後がなんとなく繋がらない気もするが、このまま結婚を前向きに検討してほしいということかと納得をしたところで、ハッと本来の用事を思い出す。

(忍さんに届けなきゃ!)

 顔を上げて、速足で廊下を進み角を曲がる。
 秘書デスクが正面に見えた瞬間に、女性が立ち上がった。

「鈴音様。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 秘書の女性に副社長室へ通される。室内に入ると、忍のそばには柳多がいた。

「お、おはようございます」
「おはようございます、鈴音様。とても速い到着ですね」

 爽やかな笑顔の柳多と凛々しい表情の忍は対極だ。
 しかし、相反したタイプだからこそ、どちらの魅力も引き出されている気がすると鈴音は思った。

 ふたりとも美形なのは同じなため、とても絵になる光景だ。
 それでも鈴音の視線は自然と忍に向く。

 うっかり見惚れてしまいそうになったけれど、我に返って忍に近付いていく。

「忍さん。これを」

 カバンからUSBを取って手を差し出す。
 忍はスッと鈴音の手のひらからUSBを受け取った。

「ああ。間違いない。また途中から資料を作成しなおさなければならないかと諦めていたから手間が省けた。助かったよ」

 ほんの少し忍の頬が緩むのを見て、鈴音はうれしくなる。
 引っ込めた手には、忍の指先の微かな感触が残り、熱を帯びていく。
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