契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 ローレンス社から十分ほど柳多についていくと、隠れ家のような店に着いた。
 洋装の外観から洋食店だろうとわかる。上部が半円の格子窓を横目に、店内に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 鈴音が驚いたのは、入店してすぐに名前も聞かれずに案内されたことだ。
 柳多は不思議そうな顔をしているのに気づき、階段を上りながら説明する。

「さっき電話して席をとってもらったんだよ。ここは彼も私も、よく利用させてもらってるんだ。会社から近いし、個室があるし。それに、なにより料理が美味しいからね」

 エスコートしてくれていた女性店員が個室前に立ち、柳多の視線と言葉に頭を下げる。

「ありがとうございます。それでは、のちほどご注文を伺いに参ります」

 若い女性だったが、柳多の笑顔に対し、はにかんで階段を駆け降りていった。
 柳多が椅子を引き、鈴音を促す。鈴音はおずおずと腰を下ろし、さっき外から見ていたオシャレな窓を見た。

(こういうところで忍さんはランチをとっているのか)

 ちょっとしたことだが、忍のことはほとんどなにも知らないので新鮮だ。

 向かいに柳多が腰据えると、鈴音にメニューを差し出す。

「どれも美味しいけれど、オススメはやっぱりビーフシチューかな」
「そうなんですか。じゃあ、ビーフシチューにしようかな」
「了解」

 ちょうど再びやってきた店員に注文を終え、鈴音は「ふう」とひと息吐く。
 目まぐるしい午前だったと思い返していた拍子に、ふっとまた疑問が湧いた。

「そういえば、さっき偶然社長にお会いして。よくわからないことがあったんですよね」

 テーブルを見つめ、ぽつりとつぶやく鈴音に柳多が尋ねる。

「わからないこと?」
「私に、『前向きに検討してほしい』って……。いったいなんのことだろうって」

 一度は結婚についてだと思って納得したが、やっぱりしっくりこない。
 重役の秘書をしている柳多ならば、なにか知っているかもしれないと思った。

 鈴音の読みは当たったようで、柳多は水を口に含むと、少し間を置いてから口火を切った。

「そう……。それはおそらく、商品モデルのことではないかな。先日のパーティーできみは注目を集めていたし」
「えっ。そんなのありえません! もしそうだとしても無理に決まってます!」

 柳多の答えに、鈴音は仰天した。

「ありえる話だ。だって珍しいことなんだよ。なんの実績もない一般人をモデル候補に挙げて、社長がそれを納得するなんて」
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