契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
柳多と別れ、しばらく街をぶらりと眺め歩いていた。
忍には買い物でもしていると言ったわりに、鈴音の手にはショップバッグのひとつもない。
鈴音の部屋を見てわかるように、元々鈴音は物を必要以上に揃えない。
雑貨屋服飾にまったく興味がないわけではないから、ショップを見て歩くのは楽しい。
けれど、急を要するかと自分に問うと、そうではないなとなる。
昔から決して裕福な家庭環境ではなかったこともあり、ひとつのものを長く大事にする性格だった。
適当に歩き進めていると、自分の職場の近くまで来ていた。
鈴音は携帯で時間を確認する。
(四時過ぎ……ここを見て回っていたらちょうどいいかも)
鈴音はそう思い立ち、職場である百貨店に足を踏み入れた。
いつもは裏口から入っているせいか、なんだか別の場所に来たみたいだった。
正面入り口から入店したという理由もあるが、そもそも自分の店が入っているフロア以外にはほとんど足を向けない。
一階のコスメフロアの眩さに目を細めながら、きょろきょろと辺りを見回した。
鈴音が普段使用している化粧品は、ドラッグストアで買い揃えている。
これまでなら、一階は素通りしていっただろうが、今の鈴音は違っていた。
(あ、あそこだ)
鈴音は目的のブランド、ローレンスを見つけると、そろりと近づいていった。
「いらっしゃいませ」
美しい美容部員を前に、思わず固まる。ぎこちなく会釈だけして、展示されている口紅を端から眺めていった。
自分が持っているのと同じ口紅を見つけ、買ったときのことを思い出す。
「口紅をお探しですか? お時間があるようでしたら、奥でメイクもできますので」
「あ、はい……」