契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 鈴音はエレベーターのボタンを押し、正面を見たまま尋ねた。

「雑誌のこと……。いつからご存じだったんですか?」

 忍は階数ランプを見上げる鈴音に、ひとつ息を吐いた。

「三日くらい前かな。鈴音を思えば本当は差し止めてやれればよかったんだが、オレのところに話がきたときにはもう遅くて……。むかつくのは、親父がいい宣伝だといって喜んでいやがることだな」

 忍はそう言うと、辟易した様子で軽く頭を横に振る。
 鈴音はちらりと忍を振り返り、柳多から聞いた光吉の話を思い出した。

 今の忍の言葉から、柳多の言うことは本当であることを知るのと同時に、息子である忍は父とは違い、真面目で優しいことを痛感した。

 八階で動かなくなったランプを見つめ、ぽつりと答える。

「さっき梨々花にも話していたんですけれど、私は平気です」
「オレは不本意だ。鈴音をこんなふうに利用したくはなかった」

 忍が即答するものだから、鈴音は目を大きくさせた。忍を凝視し、瞬きせずに見つめる。

(利用したくなかっただなんて……変な人。私を利用して偽装結婚しようとしているのに)

 心の中で苦笑すると、忍が一歩足を出し、鈴音の真横に並んだ。
 鈴音がきょとんとして隣の忍を見上げると、彼は前を向いたまま口を開く。

「今日、無事受理されたと柳多が言っていた」
「え?」

 いったいなんのことかわからず、ぽかんとした鈴音を、忍は横目で見る。
 数秒置いて、言いづらそうに切り出した。

「鈴音が言い出したんだろ。八月八日がいい、と。今日は八月八日だ」
「八月八日……え? 本当に?」

 それは、自分が話の流れで言ってしまったことだと思い出す。

 入籍日の希望を問われ、八月八日を希望したことを鈴音はすっかり忘れていた。というか、忍に報告を忘れられているだけで、もうすでに婚姻届けは出されていると思っていた。

 なぜなら、婚姻届けは鈴音の実家へ行ったときに、証人の欄を書いてもらって準備は整っていたからだ。

(だから、今夜は早く帰るつもりだったとか……? まさかね)

 鈴音は自分の左手に視線を落とし、心底驚いた。
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