契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 夕食は有名な日本料理店に行った。
 そのとき鈴音は、すぐに席に通されたことに驚き、忍が本当に元々予定してくれていたのかもしれないと思った。

 それはただの憶測だったが、〝特別な日〟のせいで自惚れそうになるのを食事している間中、ずっと頭で訂正していた。

 それから帰宅して数時間。ふたりはごく自然にリビングでコーヒーを飲んでいる。

「家で飲むコーヒーが一番落ち着く」

 忍はシャワー上がりの濡れた髪をかき上げてからカップを手にし、口元を綻ばせる。

 スーツ姿の忍も大人の色香漂うが、自宅でリラックスしているときは、それ以上の色気を感じられる。

 鈴音はまさに今それを感じ、落ち着かない気持ちを抱えていて忍を直視できない。
 忍が座るソファの前にあるテーブルを挟み、対角の一番遠い位置に腰を下ろそうとする。

「なにをしている? 前にも言ったはずだ。ソファは座るためにあるものだって」
「すみません……」

 即座に忍から指摘され、肩を上げて小声で返した。

 おずおずとソファの端に座ったが、忍のほうに半分背を向ける。
 そのとき、鈴音はなにかをハッと思い出し、身体だけではなく顔も背けた。

 忍は鈴音の挙動不審な行動に大きな溜め息をつく。

「で、次はなんだ」

 鈴音は忍の呆れ声に肩を竦め、ごにょごにょと言い淀む。

「え? いや……今日のメイクだとすっぴんとのギャップが……」

 そうして忍側の左手で顔を遮るように覆う。忍はあからさまに避ける鈴音との距離を縮め、手首を捕える。

「いまさらなぜ隠す必要がある? もう何日一緒に過ごしていると思ってるんだ」
「それはそう……なんですけど」

 一度意識してしまったら、簡単には普通に戻れない。
 忍に手を掴まれていても、密かに抵抗をし続けていた。けれど、忍が僅かに力を入れればすぐにそれは阻止できる。

 余裕顔で鈴音の手を除け、わざとらしく顔を覗き込んだ。

「どれ?」
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