契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 昨夜も帰宅は遅かった。そして、朝も早く出社していった。
 そんな忍の行動を大体予想していたので、夕食のトレーに【明日は衣装合わせに行ってきます】メモを添えていた。

 忍に来てほしいといった下心で書いたわけではない。ただ、式はふたりのことだし、報告義務があるように感じたのだ。

「きっと、ご新郎様もご新婦様のドレス姿を見たかったでしょう」

 残念そうな声に、鈴音は小さく笑うことしかできない。

(来るわけないし、来たら……困る)

 このくらい素っ気ない対応がちょうどいい。
 あまり大事にされてしまうと、心がいつか溢れてしまいそうだから。

 安堵した微笑を浮かべたときに、スタッフの手が離れたのを感じた。

「はい。お待たせいたしました。どうぞ、こちらの鏡の前へ」

 カーテンが開き、白いパンプスに足を通して広い空間に立つ。
 正面、側面にある大きな鏡と向き合うと、つい凝視してしまった。

(これ、私?)

 胸元に施した刺繍はとても上品で、スパンコールが光を反射させ、華麗な輝きを放っている。繊細に煌めくロングトレーンが印象的なバックスタイルに、自然と身体を捻ったりして魅入ってしまっていた。

 真っ白で清廉なウエディングドレス。
 しかし、今の鈴音は白どころか真っ黒で、胸の内はだんだんさらに苦しくなる。

 これを着て隣に並びたい相手はひとりだけ。
 その願いは叶う。だけど、本当の意味では絶対に叶わない。

 梨々花に気持ちを打ち明けて収まるかと思っていた。それなのに、逆に歯止めが効かなくなっている気がして心が不安定だ。

 スタッフがその場をちょっと離れたのにも気づかず、鈴音は鏡の中の自分を見つめ続ける。
 まるで、反抗でもしているかのように眉根を寄せ、難しい顔つきをしていた。

「ちょうどいいところでしたよ! 今ちょうど試着されていて……ご新婦様! ご新郎様がお見えになりましたよ!」
「えっ!」

 ひとりの世界に浸っていた鈴音は、一気に現実へ引き戻される。
 動転して入口のほうへ顔を向けると、紛れもなく忍がいた。
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