契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「似合っているよ。後ろ姿なんか最高だ」

 鈴音が精神統一している矢先に、甘い言葉が降ってくる。本当は一瞬で心がぐらついたのだが、鈴音は強い精神で表情に出すことをしなかった。

 冷静な面持ちで素っ気なく答える。

「ありがとうございます。でも、試着くらいひとりで平気ですよ。お仕事大変なんじゃないんですか?」

 鈴音は忍と目を合わせず、顔を横に向けた。視線の先にはドレス姿の自分を映し出す鏡がある。
 そんな自分すらもまともに見ることができなくて、さらに目線を落とした。

「柳多に許可は取ってある。たった十分間だけどな」

 冷たくあしらっても、忍は飄々として答え、笑った。

(たった十分間のために)

 鈴音は表情を崩してしまいそうで、奥歯に力を込めていた。
 けれど、忍の回答で堰き止めていた気持ちが放出し、再び忍を見上げた。

「どうして優しくするんですか?」

 今の今まで普通にしていた忍だったが、鈴音の訴えに目を剥いた。

 大きな瞳は切なげに潤んでいる。悲しそうに眉を寄せ、小さな唇をきゅっと噛んでなにかに耐え忍んでいるようだった。

 初めて見る鈴音の表情に意識を奪われ、ひとことも発せない。
 忍が黙ると、鈴音は心の中でネガティブな思考を広げていく。

(そんなの決まってる。わかってる。これが契約だから。優しくしておけば、私が理想的な妻を演じると思っているからだ)

 『どうして』などと聞いて、どんな答えを待っていたのだろう。
 そんなことを自分に問うと、途端に羞恥心に駆られた。

「鈴音? いったいどうした――」
「私、無理です」

 鈴音は忍の言葉尻に被せて即答する。それは、今までの中で一番冷たい声だった。
 忍もさすがに怪訝な顔つきになり、緊迫した様子で返す。

「無理……? なにがだ?」
「ウエディングドレスなんて……披露パーティーなんて、出れません」
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