契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 たった十分ドレスの試着に付き合ってくれただけで、思いが膨らみ、心が揺れる。

 これだけで、こんなにも感情を押し殺すのが大変なのに、大勢の来賓客を前に笑顔で忍の隣に立つ自信がない。

 たくさんの人へ嘘をつく――その罪悪感よりも遥かに増して、『おめでとう』という祝辞を無数に浴びせられるのがつらい。

 そんな気持ちが容易に想像できてしまったから。

――『離れたいのなら、自分の人生を歩くこと』

 そう諭したのは自分のはず。
 それがこんな形で自分に跳ね返ってくるなど思いもしなかった。

「ごめんなさい」

 鈴音は下唇が見えなくなるほど噛み、出口へ向かって走り出そうとする。

「鈴音っ……」

 三歩目を踏み出そうとしたとき、忍に左手首を握られ、捕まった。鈴音は俯いたままで忍を振り返ろうともしない。

 不意な出来事に、忍はとにかく鈴音を離したくなくて、手に力を込める。

「ちゃんと説明してくれ」

 仕事では、どんな不測の事態に陥ったときでも動揺することはない。そんな忍が、やや取り乱した声で問い質す。

 わかっていたはずだった。鈴音が自分の言うことだけを聞くような人間ではないと。
 出会ったときの鈴音は、無理なことを無理とはっきり言う女性だったから。

 でも、だからこそ、今は彼女の意思でそばにいてくれるとどこか自惚れていたのだと思い知らされる。
 自分が手を離せば、いつでも鈴音は消えてなくなるのだと痛感した。

 一方、鈴音は本心を説明することなどできるわけもなく、だんまりになるしかない。

 忍は焦慮に駆られ、無言の鈴音に痺れを切らして強引に引き寄せた。
 室内にあったふたり掛けのソファへ乱暴に座らせる。

 鈴音は勢いよくソファに腰かけた衝撃で目を固く瞑る。
 再び瞼を開けたときには、間近に忍の双眸が見えた。

 忍はソファの背もたれに両手を広げてつき、鈴音を閉じ込める。
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