契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「いまさら約束を守れないとはどういうことだ?」

忍に詰め寄られ、恐怖心はない。
敢えて怖いことを挙げるならば、自分の気持ちを知られたときのことだろう。

鈴音は頑張って目を逸らさずに、忍の瞳を見続ける。
ここが最後の砦。ここで負ければきっと全部を白状してしまう。

鈴音の真っ直ぐな視線に、忍は必死に頭を回転させる。そうして出てきた言葉は、忍自身もすっかり忘れていたことだった。

「それに、初めに金を受け取っただろう」

そのひとことに鈴音の瞳孔が開く。

忍はこんな言い方をしたいわけじゃなかった。しかし、今日までいい雰囲気だっただけに大きく動揺し、戸惑った。

だから、咄嗟にそんなことを口走ってしまった。

「あの時点で、期間限定だとしても、きみはオレのものになったはずだ」

薄い唇が次から次へと紡ぐ言葉は、どれも事実で残酷だ。
鈴音の瞳が不安げに揺れ始める。

忍は鈴音がいなくなるかもしれないと思わされた今、ようやく自覚していた。

自宅に鈴音がいることが当たり前だと思っていたが、いつかなくなる日々なのだと思うと虚無感に襲われる。

仕事がうまくいってもなにをしても、報告する相手がいない。親身になって話を聞き、寄り添って眠る相手がいなくなる。

それは、誰でもいいわけじゃない。

そこまで考えが行き着くと、身体が勝手に動いていた。鈴音の後頭部に手を添え、鼻先が触れる距離まで近づいて囁いた。

「だったら、このままきみを抱いて、既成事実(子ども)を作れば結婚を続行せざるを得ないよな」

恐ろしいことを口にして、鈴音の肩を掴む。
顔を傾け、鈴音と唇を合わせようとしたが、直前で止まった。

「ん……!」
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