契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
仕事は予定通りに終わり、身支度を整え、裏口に向かう。

心臓が脈打っている理由は、これから忍に会うからではない。山内が潜んでいないかという不安からだった。
なにかあった時のため、と片手は携帯を握り締め、もう片方の手は防犯ブザーのコードに触れる。

(近くにはいないみたい。でも、どこからか見られているかもしれないし)

警戒心を強めながら、歩き進める。しかし、忍がどこにいるのかということもわからないため、行き先を失う。

(どうしよう)

鈴音が困って、電話を掛けようか迷った、そのとき。

「鈴音。こっち」

突然名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がる。振り向くと、黒い高そうなスポーツカーが止まっている。開いている助手席側の窓から、覗くようにしている忍と目が合った。

「黒瀧さん!」
「乗って」

風のように現れた忍に驚く間もなく、車に乗るよう促され、困惑する。

(いくらなんでも、車に乗るなんて……大丈夫?)

一度助けてくれた相手を疑うわけではないが、自分の身を守るためには危険かどうか判断するのは必要だ。
鈴音が躊躇っていると、忍はやや苛立った声で呼ぶ。

「鈴音」

反射で肩を上げ、ふと周りの視線に気づく。おそらく、あまり見ないような高級車のせいで注目を浴びているのだろうとわかると、鈴音は急いでドアを開けて乗り込んだ。

シートの仕様が今まで乗ったことのある車とは違っている。深く腰が沈み、身体が包まれている感覚がする。
車内の雰囲気も、どこか別世界のように感じるのは、洗練されたデザインのせいなのかもしれない。

鈴音は非現実的な体験に一瞬ボーッとしたが、グンと発進したのと同時に我に返る。
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