契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
珍しく取り乱した柳多の声が漏れて聞こえ、鈴音は止まった。
頭で考えるよりも先に、ドアに耳を近づけ、息を顰める。

「そうする意味を見失いかけている。でも、それでもいいかとも思っている」
「なんでそんな急に」

柳多の焦慮に駆られた様子が伝わり、彼が秘めている思いを探りながら聞き耳を立てる。
対して忍は落ち着いた声色で返す。

「父親のことはどうでもよくなった。だけど、やりたいと思っていることは消えたわけじゃない。ただ、のし上がることが最優先ではないと気づいた」

声が小さくて聞き取りづらかったが、『父親のことはどうでもよくなった』というのはハッキリ聞こえた。

その言葉だけで、鈴音はうれしい気持ちがじわりと胸に広がっていく。

彼は負の感情から抜け出し、自分の未来のために生きていくのを感じたから。

「オレはどうでもよくない。なんのためにこれまで……。あいつを蹴落とし、見下すためにっ」

奥歯を強く噛むような、悔しげで苦しい声がする。

(『あいつ』……?)

鈴音は眉を寄せ、考える。

忍の意思が変わった部分は父親に対する思い。それに対して焦っているとするならば、柳多の気持ちも忍と同じだったということ。

つまり、理由は知らないが柳多も光吉を陥れたかったという話じゃないかと行きつく。

「それはわかってる」

忍が言うのと同時にデスク上の電話が音を上げた。受話器を取って数秒もしないうちに、通話を切ってデスクから離れる。

「……どうした?」

柳多が不審そうな顔つきで呼びかける。それを無視して忍はまっすぐドアへ向かった。

鈴音は電話以降、会話が突然止まったことに首を傾げ、ハッとした。
刹那、目の前のドアが勝手に開く。
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