契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
正面と違って静かだ。同じ建物とは思えない、と鈴音は思っていた。

柳多に連れられたのは、裏手にある会社の非常階段だ。
普段からかかっているチェーンを越えて、数段上ったところに柳多は腰を下ろしている。

鈴音は柳多よりも少し下の段に立ったまま。

ちょうど目線の高さが一緒で、なんとなく柳多が対等な相手に思えてしまう。
それは、柳多が裃を脱いで鈴音と向き合うことを決めたからだ。

「オレの父は化学薬品を取り扱う小さな会社の社長だった。休みも少ない中、充実した顔で仕事していたのを今でも覚えている」

いきなり語り出した内容に、鈴音は思わず目を剥いた。

柳多が進んで自分の話をすることなどなかった。
それを、もう関係のなくなる自分に話すことに驚いた。

なにも答えられずにいたが、それでも関係なく柳多は続ける。

「あるとき、黒瀧光吉は父が新しく開発していた薬品に目を付けた。それを手に入れるため、圧をかけて父の会社を吸収合併した。オレが高校生の頃の話だ」

柳多の瞳を見れば、なにか強い意志を感じる。
これまで感情的になったところもほとんど見せない柳多なだけに、些細な変化が目立って感じられる。

柳多は目を落とした先に、過去を思い出しながら言った。

「仕事は安泰したかもしれないが、これまでと違ってただ命令を聞くだけのような仕事内容に、当時の社員は疲弊していたみたいだった。曾祖父から受け継いだ会社というのもあったから、父は自責の念に駆られていたよ」

微苦笑をたたえ、その後、奥歯に力を込める。
鈴音は柳多が自身の手を力いっぱい握り締めているのに気づき、ようやく答えた。

「お父様の仇討だったんですね……」
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