契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「今、使ったのはそこに置いてある。親父に会う日はそれを使ってくれ」
「……はい」

忍に見下ろされて言われた鈴音は、ローテーブルの上に置いてあるコスメをちらりと見た。

「じゃあ、家まで送って行く」

本当に必要最小限の話のみで、用が終わればすぐに〝解散〟を言い渡される。

それがやけに腹立たしくも感じ、『帰りはひとりでいい』と言いたかったが、ここがどこだかもハッキリわからない鈴音は、グッと言葉を飲み込んだ。

 
「また連絡する」
「ありがとうございました。お気をつけて」

アパート前で降りた鈴音は、業務的に挨拶すると深々頭を下げた。姿勢を戻す頃には、すでに忍の車は小さくなっている。

その後、すぐに視界から消えたのをボーッと見届け、自宅に入った。
畳んだままの布団に倒れ込む。忍のことを考え、きつく瞼を閉じた。

(なんだかもう引き返せる雰囲気じゃないな)

眉を寄せ、心の中で呟く。

(もう、腹をくくるしかない)

唇をきゅっと引き結び、ゆっくり目を開けた。

身体をむくりと起こし、気怠い様子で洗面所に向かう。鏡の前に立って、伏せていた睫毛を上向きにさせていく。
正面からもうひとりの自分と視線がぶつかった途端、驚き固まってしまった。

「……全然、似合ってない」

真っ先に目が行くのは真っ赤なリップ。次に、アイシャドウは控えめなブラウン系だけれど、くっきり入れられたアイラインが見慣れない。

鈴音は、先ほど忍が『まぁ、こんなものか』と漏らした気持ちがよくわかった。

(明後日、本当にこんなメイクで行くの……?)

せめて、いつも通りの化粧で臨みたいところだが、服や小物一式を柳多に用意させた忍がわざわざ用意したのだから、それなりの理由があるのだろう。

鈴音は自分の顔を直視できなくて、すぐさまメイク落としに手を伸ばした。
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