契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
昨夜はこれからのことを色々と考えているうちに、寝付けなくなってしまった。鈴音は寝不足のまま、出社準備をしていた。

ふと、化粧品を置いている棚に目を向ける。そこには、昨日忍からもらったものも確かに存在していた。それを見て、鈴音は無意識に「はぁ」と溜め息をつく。

(ここ数日、ずっと気が重い)

忍のことに意識を奪われ、せっかくの晴天にも気がつかないくらいだ。

鈴音は玄関を開け、鍵をかけると視線を落としたまま歩き進める。アパートの敷地から一歩出たところで、人の気配を感じた。

「おはよう」

顔を勢いよく上げ、警戒態勢で相手を見た。しかし、待っていたのは柳多で脱力する。

「あ……や、柳多さん……。おはようございます」

山内のことを忘れたわけではないが、四六時中考えることもなかった。そのため、今みたいに不意打ちで声をかけられたりすると、油断してしまう。

一度驚いて跳ね上がった心臓は、まだ落ち着きそうにない。

「ごめん。驚かせてしまったようだね」

柳多は鈴音の心証を察して謝罪すると、眉を下げて苦笑した。

「いえ……」

べつに『恥ずかしい』と思うことなどないはずなのに、こんなにも動揺してしまう瞬間を見られてしまって肩を窄めた。

柳多は、前回の別れ際とは違い、またフランクな雰囲気で鈴音に話しかける。

「これから仕事? いつもよりも少し早いんじゃない?」
「あ、はい。ちょっと銀行に寄ってから行こうかと」
「そうなんだ。じゃあ、まぁ、ちょうどよかったかな」
「はい?」

鈴音は小首を傾げ、柳多を見上げる。

「副社長から預かってきた」
「え……? なんですか?」
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