契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「じゃあ。鈴音さん、次に会う日を楽しみにしてるよ」

光吉はニッと口の端を上げ、テーブルから去って行った。
光吉の姿が完全に見えなくなると、鈴音がぽつりと漏らす。

「……私、チェルヴィーノの社長とは一切関係ありませんけど」

嫌味交じりに指摘された忍は、焦ることも詫びることもなく、再び食事を始めた。

「ああ言った方が事がスムーズに進む。娘ではなく、姪にしたし、そうそうバレない。親父はそっちのほうと交流はないし」
「でも、今言われたパーティーでもそう紹介されるんですよね? 関係のない人たちまで騙すのは気が進みません」

鈴音はフォークで前菜を口に運ぶ忍に鋭い目を向けて、ハッキリと意見を伝える。

契約結婚をしようとしているのに、いまさら嘘のひとつやふたつ……。そう思われるかもしれないが、だからといって、自ら嘘を肯定していくのは嫌だった。

忍は鈴音の真っ直ぐな瞳に吸い込まれる。
数秒後、静かに口を開いた。

「わかった。なるべく家系の話題にまでいかないように取り計らう」

意外にも忍が気持ちを受け入れてくれて、鈴音は拍子抜けして言葉を失う。ふたりの間に流れる微妙な空気の中、耳に残る忍の声で名前を呼ばれ、首を竦めた。

「鈴音」
「……はい」
「機嫌直せよ。せっかくの料理も不味くなるだろう」

ひとつ息を吐き、言われたことに、鈴音は目を大きくさせた。

(そんなふうに言わなくても……!)

確かに、素晴らしい景色と料理、サービスを受けられる高級レストランで見せる態度ではなかったかもしれない。
でも、普通のカップルが食事をしに来たのとはわけが違う。

鈴音も慣れない中、どうにかやり過ごして光吉がいなくなった今、緊張の糸が切れたのだ。
疲労を感じているところ、追い打ちをかけるような言動をしなくても!と反抗心が出る。

「だったら、私、先に帰りますから!」
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