契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「だって、最近なにか考え事してるようなときもあるし、そうかと思えばそわそわしてたり……。引っ越しだって、なんだか急な気がしてたんだ。もしかして、誰かに付き纏われてたりとか?」

鋭い指摘にドキリとする。
鈴音は動揺を顔に出さないようにするのが精いっぱいで、黙って佐々原を見る。

「前にちょっと不審そうな山崎さん宛ての電話が来てたりしてたし、もしそうなら、すぐ対処するように」
「ち、違うんです! その……けっ結婚が決まって!」

佐々原の予想が当たりすぎていて、慌てた鈴音は勢い余って告白してしまった。

このまま佐々原が話を続けていけば、契約結婚のことまで勘付かれそうな恐怖を感じたためだ。冷静に考えれば、そこまで気づかれることはないと思うだろうが、佐々原の真っ直ぐな視線に鈴音は弱気になった。

鈴音が突然『結婚』と口にして、佐々原は目を剥いて手をパッと離した。

「えっ。結婚……?」

佐々原は虚を突かれたような顔色で呟く。佐々原の反応に良心を痛めながらも、鈴音は続ける。

「そう、なんです。それで引っ越ししたり、今日も、ちょっと相手側の親族関係とのことで、どうしても都合をつけなくちゃいけなくて」

その予定は事実だが、根本的なところは嘘だ。鈴音はどうしても佐々原の目を見れない。ごまかすように、ダスターとガラスクリーナーを棚から取り出した。

「そ、そうだったの? それは……おめでとう」

佐々原が鈴音の横顔に向かって祝福するが、戸惑った様子は消えていない。

(佐々原さんが驚くのも当然だ)

自身で認めるくらい、自分に浮いた噂が出るような生活はしていなかったし、プライベートが充実しているような雰囲気も皆無だったはず。

もしかしたら疑われているかもしれないと思いつつ、鈴音はどうにか笑みを浮かべる。

彼と再び目を合わせ、「ありがとうございます」と言ったが、心は苦しかった。
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