契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「ああ、黒瀧副社長!」

会場に一歩踏み出すや否や、瞬く間に忍の周りに人が集まる。鈴音は、忍がこの業界では有名で目立つ人間なのだと目の当たりにした。同時に、近づいてきた来客たちが一斉に鈴音を見る。

「黒瀧副社長、こちらの方は……?」
「ああ。私の特別な女性です」
「と、仰られますと……ご婚約とか?」
「まぁ、正式にはこれからになりますが」

忍の答えに周りが、わぁっと賑わう。順番も関係なく、次々に馴れ初めなどを質問してくる光景は、ちょっとした芸能人にでもなった感覚だ。

鈴音は好奇の目に負けて、おずおずと忍の陰に隠れる。こんなことが、これから何度あるのだろうと思い、少し憂鬱になる。

一向に落ち着く気配のない周囲の人間たちに戸惑いを隠せない。
すると、忍が輪から一歩外れ、軽く頭を下げた。

「すみません。ちょっと、失礼」

ひとこと断り、鈴音を連れてその場から離れて行く。鈴音は目をぱちぱちとさせ、手を引かれるがままに歩いて行く。
数メートル行ったところで、忍が突然足を止めた。

「明理」

そうして忍が口にした名前は、聞き覚えのあるものだった。鈴音が顔を上げると、壁際に清楚な女性が立っていた。
彼女は、小さな顔を動かし、つぶらな瞳をふたりに向ける。

「兄さん」

上品にまとめられた艶やかな黒髪と白い肌。顔立ちはまだ幼さが残っているようにも見えるが、雰囲気は堂々としている。
そんな女性が発した言葉に、鈴音は目を見開いた。

(『兄さん』!? 『明理』って妹さんだったんだ! すごい美人!)

鈴音が明理に意識を奪われている間に忍と明理は会話を重ねる。
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