契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「あ、ちょっと悪い」

忍は鈴音に言うと、数メートル先にいた明理に声をかけ、ほかの来賓客に話しかけていた。
鈴音は気配を消すように壁際へ移動する。会場を一望し、無意識にため息が出た。

「こんばんは」

そのとき、前方から若い男性が近づいてきた。鈴音は内心ビクビクしながら、「こんばんは」と小声で返す。

「もしかして、なにも飲んでいないのかと思って。よかったら、これ」

忍よりも年下に見える男は、鈴音にグラスに入ったシャンパンを差し出した。鈴音は迷いつつも、グラスを受け取り頭を下げる。

「ありがとうございます」
「いいえ。あっちのほうでは自由に料理が食べれるけど……ああ、でも口紅が落ちちゃうのとか気になるかな?」

ツーブロックの髪色は明るい茶。鈴音は若々しいヘアスタイルと、質の良さそうなスーツや人差し指にはめられた指輪に目を引かれた。男は、ひと重の目をにっこり細める。

「いいえ。あ、僕は相良(さがら)輔(たすく)。クーラージュっていうブランドの関係者なんだけど」
「クーラージュ? それって、ジュエリーの……」
「あ、そうそう。そこの社長が僕の祖父なんだ」

やたら場慣れしている雰囲気は、彼自身が御曹司だからなのかと納得する。気さくと言えば聞こえはいいが、鈴音にすると少々馴れ馴れしくも感じていた。

笑顔ではあるが、どこか営業的なものだし、鈴音との距離感も一般的な初対面での距離よりは近く感じる。
相良はずっと同じ笑顔のまま、鈴音に好奇の目を向ける。

「ずっと一緒にいたのって、ローレンスの副社長だよね? モデルかなにか?」
「モ、モデルだなんて、とんでもない」
「そう? ローレンスの副社長って目立つ人だけど、その横に並んでて負けず劣らずだったけど。あ、もしかして、彼の婚約者とか?」

相良の視線がなんだか落ち着かない。
鈴音はごまかすようにグラスに目を落とし、控えめに答えた。

「……えぇ、まぁ」
「へー。意外だな。遊んでるって噂だし、もっと派手な相手を選ぶと思っていたけど。結婚相手となると、求めるものが違うのかな? 相変わらずやり手だねぇ」

くすくすと笑って言う相良に、彼の本性を悟る。
鈴音が怪訝な顔で相良を見上げると、相良は口を弓なりにし、鈴音に耳打ちをした。

「気をつけた方がいいよ? 仕事なんて言って、どっかべつの女の匂いつけて帰ってくるかもしれないから」
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