契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
車に乗ると、鈴音は完全に気が抜ける。

「はぁ~。緊張しきりでした……」
「お疲れ。そこまで緊張してたとは思わなかったけど」

忍が小さく笑い、エンジンをかける。

「あっ。忍さん、お酒は……?」
「一滴も口にしてない。ただグラスを持ち歩いていただけ」

鈴音はホッと胸を撫で下ろし、フロントガラスに向き直した。忍はハンドルを握っていた手を離し、ドアに肘をついて鈴音を見据えた。

「みんな鈴音のこと見てただろう?」

忍がしたり顔で言うものだから、鈴音はぶんぶんと首を横に振った。

「違いますよ。それはべつの意味で注目されてただけなような……」
「それだけじゃないさ。鈴音は素材がいい。確かに見た目は派手ではないが、この業界にいる女とはタイプが違っていて目を引く。なにより、媚びる目をしないから、逆に興味が湧く」
「ただ珍しいだけなら、誰でも同じ結果になりません?」
「そういうところ、本当、かっこいいな。うっかり惚れそうだ」

忍は冗談めかして言うと、珍しく声を上げて笑った。そんなふうに笑う顔は初めてで、鈴音は驚いた。

「忍さんでも冗談を言うんですね」
「まぁ、オレも人間だし、気分がいいときにはそうなるのかもな」

(パーティーで、なにかいいことあったのかな?)

鈴音が内心首を傾げていると、忍は車を出発させた。

「なにか食べていくか?」

忍に言われ、鈴音は自分が空腹だということを思い出す。お腹に両手を添え、ひとりごとのように呟いた。

「そういえば夕食はまだでしたよね。少しでも食べてくればよかった。カメリアなんて、きっともう二度と行けない」

すると、忍がさらりと答える。

「カメリアに戻って、食事していこうか?」
「え! まさか! 結構です! 私はお茶漬けで十分ですから」

鈴音が真顔で手と顔を横に振る。忍が「いいのか?」と返してくるのを聞くと、鈴音は本気で戻るつもりだったのだと驚愕した。
走り続ける車内で、不意に忍がぽつりと言った。

「お茶漬けか。食べたことないな」
「えぇっ!」

鈴音はさらに驚倒し、忍の横顔を凝視する。

(いや、でも確かに、育った環境が違うもんね)

自分とは別世界の人なのだと改めて認識し、感嘆の息が漏れる。

「なに?」
「……いいえ。じゃあ、一緒に食べてみます?」

鈴音が冗談半分で提案すると、予想外にも忍が首を縦に振って、さらにびっくりさせられた。
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