契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「へぇ。サラッと食べれるな」

まるで子どものように、目を輝かせて食べる姿が可笑しくて、鈴音は抱えていた靄を一瞬忘れた。

「今日はお茶漬けの素ですけど、貝や魚の出汁茶漬けも美味しいんですよ」

鈴音が「ふふ」と笑って、箸を手にした。今度は、忍が鈴音の小さな口にご飯を運ぶ姿を見つめる。

「さっき、駐車場で誰かに見られている気がした。気のせいかもしれないがな」
「えっ……」

突然、忍が真剣な声色で話すものだから、鈴音は音を立てて茶碗を置いてしまった。

(誰かが? それって、もしかして)

以前の携帯の着信が頭を過る。鈴音が表情を曇らせたのを見て、忍は落ち着かせるようにゆっくり話す。

「心配しなくても、ちゃんと、きみを守るから」

鈴音は忍の言葉に心臓が跳ねた。
『きみを守る』だなんてセリフを、自分が言われることになるとは思っても見なかった。

鈴音は自分の心音が速くなっていくのを感じ、忍をまともに見ることができない。
忍がいてくれてよかったと、自然と考えていた。

その矢先、忍はお茶漬けを啜りながらさらりと付け加える。

「きみは今日、約束通り婚約者を演じてくれた。だから、相応のことは全うする」

忍の言葉に、鈴音は自分でも驚くほどショックを受けた。


その夜。鈴音は自分の部屋で手帳と向き合っていた。
万年筆のキャップを外すと、少し考えてからペン先を置く。

【忍さんとお茶漬けの組み合わせは、しばらく忘れられなさそう】

今日の印象的な出来事だった。鈴音は一文書き終え、思わず笑いが零れた。しかし、すぐに笑顔は消える。

ペン先は次の行を走り出す。

【彼のあの言葉は、あくまで取引。でも、正直、印象が強すぎてまだ余韻が残ってる】

忍のひとことは、鈴音には頼り甲斐を感じた。だけど、それは決して彼自身の気持ちではなくビジネスなのだと言い聞かせた。
< 95 / 249 >

この作品をシェア

pagetop