結構な腕前で!
 何のことやらわからず、萌実はとりあえず北校舎に入った。
 思わせぶりなことを言ったわりに、せとみは躊躇うことなくついてくる。

 二階に上がり、図書室の前でぐるりと周りを見回してみた。
 見たところ、せとかの姿はない。

「中だと思うよ」

 せとみが、図書室の戸を指して言った。
 言われた通り戸を開けると、一番奥の窓際に、一つの影がある。

 萌実はその影をじーっと見た。
 姿かたちはせとかのものだ。

 が、顔の下三分の二はマスクに覆われ、さらに眼鏡が白く曇ってサングラス状態だ。
 つまり、顔が全くわからない。

「……せとか先輩?」

 多分合っているとは思うが、自信なさげに声をかける萌実の後ろから、せとみが、ぐい、と背を押した。

「はい、早く入って。扉開けてると、せとかはキツイんだよ」

「え? え?」

 萌実がわたわたしている間に、せとみは背後でぴしゃんと戸を閉めた。

「全く、わざわざ放課後の北校舎に出張るとはねぇ。華道部にバレたら、またややこしいぜ」

「今回は純粋な図書室利用です。文句を言われる筋合いはありません」

 マスクのせいで籠った声のせとかが、萌実を机に促した。
 若干鼻声でもある。

「先輩、風邪ですか?」

 聞いてみると、せとかは、いやいや、と手を振った。

「昨日、校舎のほうの魔対応は華道部だと言ったでしょう。そのせいです」

 そう言われても何のことやら。
 疑問符を浮かべたまま、萌実は勉強道具を取り出した。

 そのとき。

「あーららら、茶道部の部長がお揃いで。人のシマに入り込んで、何のおつもり?」

 しぱーん、と戸が引き開けられ、ゴージャスな振袖をまとった女性が現れた。
 その手には、大輪のユリが芳しい香りを放っている。
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