誰も知らない彼女
よく見てみると、いっちゃんの目は真っ赤に腫れており、充血している。


これは、由良以上の重傷を負ったに違いない。


レストランで泣きついてきた由良でさえも、こんな表情はしていなかった。


ほどこしたメイクが落ちたときの由良よりもはるかに顔色が悪い。


どうしたのと問いかけたくなるが、今は授業がはじまるので声をかけている場合ではない。


「はい、授業をはじめましょうか。今日の日直さんは号令をかけて」


世界史の先生の声で、日直の男子が号令をかけた。


それと同時に号令に従うが、いっちゃんは座ったまま動こうとしない。


ひとりだけ目立つ行動をとるいっちゃんに、先生が戸惑った様子で彼女に声をかける。


「飯場さん、立たないの?」


先生の声でもピクリとも動かない彼女。


それくらいショッキングな出来事でもあったのか。


なかなか立とうとしない彼女に、右隣の席の男子が彼女の肩を叩いて立たせようとするが、まったく効果がない。


仕方ない。


同じ結果になるかもしれないけど、私も声をかけてみる。


「いっちゃん、3限の世界史はじまるよ? 準備しないの?」


優しく問いかけると、いっちゃんはチラッとこちらを見たあと小さくうなずき、教科書を出して立ちあがった。


よかった。


とりあえず授業を受ける気になってくれたようだ。


私たちと授業を受ける決心を見せた彼女に、私は胸を撫でおろした。
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