誰も知らない彼女
☆☆☆
「ねぇ、ちょっと話したいことがあるんだけど」
昼休みになり、私が秋帆たちと弁当を食べたあと、いっちゃんが暗い表情のまま私の肩を叩いてきた。
いっちゃんは、秋帆たちに一緒に弁当を食べないかと誘われたが、ひとりで食べたいと言って断っていた。
来たときから彼女はずっと顔色が悪い。
たとえひとりでいたとしても、心の中に抱いている気持ちは簡単には消えてくれないだろう。
顔色が悪いのにはなにか理由があるに違いない。
そう思い、こくんとうなずく。
「……どうしたの?」
3限がはじまるときからずっと言いたかったことをすらっと口にする自分に内心驚きながらも小首をかしげる。
私の顔を一瞬だけ見て、クラス内を見まわしたあと、軽く息を吐いて私の腕をギュッと引っ張るいっちゃん。
そして首を横に振って小さくつぶやく。
「……ここじゃ話せない。誰もいない場所で話すから、私についてきて」
ここでは話せないこと。
クラスメイトの誰かに聞かれてはいけないくらいの重大な出来事が起こったとしか考えられない。
そのことを聞く勇気がある、と言えば嘘になる。
だけどそのことを聞かなければ前には進むことができないから、聞かないわけにはいかないのだ。
なぜそう言う前にクラス内をぐるぐると見回したのかわからないけど、いつまでもグズグズしていられない。
もうひとりの自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやいた。