誰も知らない彼女
いっちゃんは無理をしている。


私に必要以上の心配をかけたくないから、自分をおさえているんだ。


でも、それは余計に自分を苦しめるだけ。


言葉にしなければわからないものもある。


いっちゃんもそのことを理解しているのか、鼻水をすすりながら言葉を続ける。


「抹里ちゃんの言うとおりなの。ニュースで見た死体遺棄事件の被害者が、他校に通ってる私の彼氏だったの……。それを知った瞬間、鈍器で殴られたような感覚がした。まさか、自分の恋人が本当に死んだなんて思わなかったから、急いで彼の両親に確認をとったの。でも、雑木林の中で見つかった遺体は間違いなく彼のものだって。信じられなくて……」


そういうことだったのか。


3限の授業がはじまるときにいっちゃんが暗い表情で登校してきた理由がようやくわかった。


それならたしかに食欲も出てこない。


他校に通っていた自分の恋人が死体遺棄事件の被害者だと知られたら、ショックを受けるのは、私も同じだ。


私だって、もしいっちゃんと同じ立場になったら、間違いなくショックを受ける。


「それで、犯人は……」


「まだわからない。だから、彼の両親に気をつけろって言われた。抹里ちゃんも、その犯人には気をつけたほうがいいよ」


気をつけたほうがいいって……。
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