あなたしか見えないわけじゃない
「あの後の忘年会も年度末の送別会もこの間の新人歓迎会も私はビールしか飲んでないよ」
と弱々しく笑った。

「私もですよ」
私も何度もうなずく。

私もあれから職場の飲み会も同期会も軽いアルコールしか摂っていない。
職場の飲み会はほとんど洋兄ちゃんと一緒だから、洋兄ちゃんの目が光っている。
異動直後の歓迎会の時なんて乾杯以外はビールも飲ませてもらえなかった。初めの1杯だけで後はノンアルコールを強制されたのだから。

「お二人ともいい意味で殻を破ったと思えばいいんですよ」
山里さんはお代わりの紅茶を淹れながらお菓子も勧めてくれた。

「そういえば、また6月には送別会ね」
山里さんがつぶやく。
「え?どなたが異動するんですか?」

「周布先生が大学病院に戻るの」

え?周布先生?
聞いてない…。

杉山部長が私を困ったような表情で見ていることに気がついた。
私は動揺を隠して視線を合わせ口角を少し上げた。

「さみしくなりますね」

「そうね、イケメンが1人減ってしまうわ。でも先月から来た天野先生もかなりのイケメンなのよ。藤野さん知ってる?」

たぶん、私の動揺に気が付いていない山里さんは話を続ける。

「噂には聞いてますけど、まだお見かけしたことはないです」

「そう、かなりのイケメンよ。しかも独身だっていうから、もうモテモテ」

「はあ、独身ですか。そうでしょうねぇ」
あははと愛想笑いをすると杉山部長が
「志織ちゃん、また採血室の残り番の時にはここにおいで」
と笑顔で誘ってくれた。

「そうよ、いつでもっていうか毎回いらっしゃいよ」」
山里さんもうんうんそれがいいと言ってくれた。

「ありがとうございます。ぜひ」
にっこり笑ってお代わりの紅茶を飲んで杉山部長の病棟からの呼び出しコールが鳴るまで休憩室で過ごした。


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