あなたしか見えないわけじゃない
彼は今夜は宿直。
直接会って話を聞くのは無理。

いつ決まったんだろう…。
私には話す必要が無いってことなのかな。
外来ナースが知ってるのに、彼女であるはずの私が知らないってなんだろう。
ため息をつきながら白衣から私服に着替える。

いつ見られるかわからないけど、メッセージだけ入れておこうかな。
ぐずぐずしながら更衣室を出て職員出入口に向かうと洋兄ちゃんに出会った。

「藤野さん、今帰り?」

「うん。先生は?」

「今から医局でたまった事務仕事」
顔をしかめて首を回して右手で左肩をもむ仕草をする。

「うわっ、大変だね」

「ちょうどよかったよ。ちょっと時間あるか?」

「ん?いいよ。何?」

辺りにひと気は無かったけど、あまり人目につかないよう外来棟に移動して待ち合いイスに2人で腰を下ろした。

「どうしたの?」

「お袋が帰ってこいってうるさいんだよ。あの人が言い出したらきかないのわかるだろ?」
かなり困っているらしい。

「あー、わかる。おばさんの言ってる姿が目に浮かぶー」
あははっと笑ったら

「笑い事じゃないよ。毎日スマホにメッセージがくるんだぞ」

「あはは、おばさんならやりそう~」

「うっかり、志織と一緒に働いてるって言ってしまったから、『会いたいから志織ちゃんと一緒に帰ってきて』って言いはじめた」

「え!私とセットなんだ」

「そうだよ。志織は最近実家に帰ってる?」

「うーん、ICUに異動してばたばたしてたからもうずいぶんご無沙汰してる」

「そうか。じゃ、志織も休みを取って一緒に帰ろう。有給休暇がたくさんあるだろ」

「洋兄ちゃん、いきなりだね。しかも珍しく強引」

「こうしないとお袋の攻撃が終わらないんだよ」
頭を抱えてため息をついた洋兄ちゃん。

けらけら笑って「お付き合いします」と返事した。

「で、いつ?」
ちょうど来月の休み希望の締め切り日直前だったから来月早々で調整すればいい。
そんな私の考えは洋兄ちゃんに一蹴された。

「ちょっと師長に頼んでくる」
そう言って立ち上がった。

「え!今から?」

「ああ、来月なんて言っていられないから」

いいから、任せておいてと私を置いてスタスタと行ってしまった。
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