あなたしか見えないわけじゃない
私の実家に寄って私を下ろしたら洋兄ちゃんは自分の実家に戻る予定だった。
でも、私の実家に着いた途端、洋兄ちゃんは私の母につかまってしまった。
「洋介君、久しぶり!」
にっこりと笑って「帰さないから」と何とも不穏な発言をする。
すると、うちの玄関から洋兄ちゃんのお母さんが顔を出した。
「しおちゃん、洋介お帰りー」
「おばさん!」
「お袋」
「待ってたわよー」
「夜にはお父さんもこっちに来るから」
「今夜は何食べたい?ワインもビールも日本酒も買ってあるわよ」
「後でお刺身買いにいかなきゃ」
「ローストビーフは持ってきたわよ」
「明後日までいられるんでしょ。明日はどっか行っちゃう?」
「温泉とか~?」
「今日は志織の車だったのね。洋介君の車に乗りたかったのに」
「私はしおちゃんのに乗りたいわよ」
「でも、みんなで乗るならワゴンだよねー」
でたっ、母親2人のマシンガントーク。
洋兄ちゃんと顔を見合わせてため息をついた。
「お袋、ナツおばさんもちょっとストップ。とりあえず家の中に入らせて」
「あらあ、ごめんねぇ。入って、入って」
母親2人組はやっと玄関先での通せんぼを解除。
「お茶を入れるわね」とキッチンに向かって行った。
はぁ。やっと中に入れる。
「志織はこのまま2階で休んでおいで。寝ておかないと夜もたないよ。どうせたくさん飲まされるんだから」
洋兄ちゃんは荷物を運び込んで、慣れた様子でリビングに向かう。
洋兄ちゃんを母親2人の生贄にして私だけ2階で休んでいいのかなとためらっていたら、洋兄ちゃんが振り返った。
「志織。お守り役、後で交代な」
見慣れた笑顔に安心する。
「うんっ」
「ああ」
私に早く2階に行くように追い払うような仕草をして、洋兄ちゃんはリビングのドアを閉めた。
お言葉に甘えて少し寝ちゃおうっと。
2階の私の部屋はそのままになっている。私が帰ってくるから布団も干しておいてくれたみたいだ。
久しぶりの自宅の匂いと母と洋兄ちゃんの気遣いに癒されて眠りについた。
ああ、安心する。
子供の頃に戻ったみたいだ。
恋愛や仕事の辛さも知らず、両親と洋兄ちゃんに守られていた子供の頃に。