王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「今日が最後の日だと聞いて、お迎えに上がりましたの」


 その名前が、すぐに社交パーティのときにウィルが名乗った名前だということに思い当たり、マリーの心臓はどきりと大きく脈を打つ。


「エルノア、ここに来てはいけないとあれほど……」


 続けて聴こえてきたのは、マリーが知っている澄んだ声音。

 恋しくてたまらなかった彼の声が、その令嬢のものだと思われる名を口にした。

 壁から覗いた向こうに見据える光景に、頭が真っ白になる。

 学舎から出てきたのは、藍色のマントを羽織ったウィルの姿。

 エルノアと呼ばれた女性は、ウィルを『ウィリアム』と呼び、親しげに話をしていた。

 偽名だと思っていた名前は、マリー以外の者が知る彼の本名らしかった。

 マリーの前では、『ウィル』と名乗っていた。

 その理由はなんなのだろう。

 なぜ自分の前では、偽名を名乗っていたのだろう。

 彼のことを本当に何も知らないのだと打ちひしがれ、マリーの足は、それ以上動かなくなってしまった。


「お疲れだと思って、今日は木苺のアイスシャーベットをお持ちしたの。馬車も待たせているわ。帰りながら一緒に食べましょう?」


 バスケットの中身をウィルに見せるエルノア。

 シャーベットとはなんとも高価な菓子を持ってきた彼女は、やはり上流階級の令嬢だ。
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