王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「エルノア、申し訳ないが、今日も馬で来ているんだ。連れて帰らないわけにはいかないから」

「ミケルもいるのでしょう? 彼に任せればいいじゃない。
 あ、ほら来たわ。ミケル!」


 どこからか馬を二頭引いてきた初老の男性が彼らに近づく。

 ミケルと呼ばれた男性にも、にこやかに話しをするエルノア。

 どうやら彼女は、ウィルの身辺のことまで詳しいようだ。

 ウィルの断りは受けないかのように、自分の勧めを押し通そうとするエルノア。

 彼女の嬉々とした横顔を見つめて、マリーは自分の立場のなさを知った。


 ミケル、って誰なのかしら……ウィルのお友達?

 それに、エルノアさんもとても親しそう……


 ズキズキと痛むのは、靴擦れだらけの足なのか。

 それとも、ぐっと噛みしめる下唇か。

 彼に関する知らないことが、マリーの胸にちくりと刺さる。

 お屋敷の中で閉ざされていたマリーの世界とは、別の世界に居る彼に対して感じる、遠い距離。

 自分とは住む世界が違うんだと、いつしか彼らの声もぼんやりとしか聴こえなくなってきた。

 そんなマリーの虚ろな目に、ゆっくりとこちらを振り向くサファイアの瞳が映った。
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